【第2回】H29.10.6UP
神奈川県愛甲郡愛川町で創業から187年間、日本酒を醸し続ける「大矢孝酒造」。平成29年9月に行った、八代目蔵元・大矢俊介さんへのインタビューを3回に分けてアップします。第2回目の今回は、
◆大矢孝酒造の伝統をいかに継承していくのか? 「変えるところ」と「変えないところ」。
◆日本酒に出会って間もない方を「純米燗酒」の世界に連れていくため、蔵元・大矢俊介が今思うこと。
◆お酒の伝道師である酒販店への「信頼」。飲食店がお客さんに「○○ないの?」と言わせてはいけない理由。
などについて伺いました。
新しくしていかないと、繋がらない
――― 伝統の継承についてはどのようにお考えですか。
純米、燗酒、生酛造りについては社員を通じて伝えていきます。ただし酒質に関して言うと「創業当時から味が変わらない」蔵は1軒もないわけです。そこは歴史とともに当然変わっていくもの。味わいについては「伝統を守らなければ」とはそれほど思っていません。
どんどん新しくしていかないと、繋がらない。「昔からやっているから良い」という考えはちょっと違うなぁ・・・これまで続いてきたものをかみ砕いて、今の流れに沿うようにやっていかなければ続かないんです。
――― すると、味は当然変わっていくもの。
そうですね。
――― 製造方法もやはり変わっていくもの。
変わっていくものですね。
――― だけども変わらないもの、伝えていかなければならないものがある?
酒造りという根本です。その伝統、歴史、文化は継承していかなければいけない。その方法として、「ここでの酒造り」を続けていく。続けていくためには「自分はこうあるべき」とか、「造りたい酒」を造ることも大事ですが、ある程度は市場の動きに沿うようにしていかないと。やりたい方向と市場の動きが乖離したら、ちょっとビジネスとは違うんですよね。
本当の旨さって、一発では気づいてくれないんですね
純米燗酒はコアな世界ですから、そこに引き込む手段としてまず “入り口” となるものを造る。ちょっと低アルコールの生原酒だったり、白麹を使ったトリッキーな味わいだったり。今は料理も含め色々な味わいがありますが、15年前、酸が1.5度を超えているような酒は「ちょっと酸が高いね・・・」などと言われました。
今は全くそういうことが無い。酸が2度を超えたってバランスさえ取れていれば良しとされる。「良いものは良い」と評価される時代に、評価されるべきところで評価されて、(最終的に)純米燗酒を飲んでもらいたいですね。
――― 「残草蓬莱 純米吟醸 Queeen(クイィーン)」はアルコール度数が12%と、日本酒を飲み慣れていない方も入りやすいお酒だと思います。これ、(加水をしていない)原酒なのですね!?
そうです。と言って、ただアルコール度数が低いだけでは面白くないので原酒でやる。味わいも、「低アル×ドライ」なタイプだと薄く感じるし、「低アル×酸が低い」のも水っぽくなる。どちらかというと甘い酒で、酸もしっかりあるタイプじゃないとバランスが取れない。日本酒度はマイナス5からマイナス10くらい、酸は2近辺に設定しました。
ホントにとっかかりですよね。普段、日本酒を飲まない方やワインを飲んでいる方に飲んでもらおうと。それでこういうお酒を飲んでるうちに「同じ蔵でこんなのを造っているのか」と言って、白麹を使ったちょっと甘酸っぱい柑橘系のものや、低アルで甘酸っぱいベリー系の味わいのものを飲んでみたりする。
こうして日本酒を飲むようになって、最終的に純米燗酒に来てくれればいい。このゾーンはいきなりだと「うわ、“酒” だ!」で終わってしまう。本当の旨さって、一発では気づいてくれないんですね。燗酒の複雑な味わいは日本酒を飲んだことのない人が飲んでもちょっとわからない。それはもう仕方ないんですよ。段階を踏まないといけないのでちょっと難しいけど、このゾーンが広がってきているのは事実です。
何かに突出することなく、バランスの取れた味わいが一番
――― その「ゾーン」に導くためには、酒販店とのタッグが重要かと思います。
もう、それしかないですね! 例えば、坂戸屋さん《→ 同時掲載の「坂戸屋五代目 武笠の眼」参照》。すごく志がありますし、熱心にお酒を広めていこう、知ってもらおうとしている。こういう酒屋さんに出会うと、そのお店に信頼を置く酒屋さんが周りにいらして、またそこに出会いがある。
「こういう思いでやっていて、こういうのを広めていきたいんです。よろしくお願いします」という話をして、どんどん広げているところですね。また、飲食店さんも「お客さんが来なければ商売にならない」のは当然ですが、“待ちスタイル” になってしまうと、お店のコンセプトを崩し始めてしまう。
――― 酒販店の得意先である飲食店がどういったスタイルで営業しているかは重要ですね。“待ちスタイル” とはどういうことですか?
例えば、料理の味わいとのバランスを考えてお酒を提供している中で、お客さんが有名な銘柄の「○○ないの?」とか言い出したりする。それで「お客さん来ないから買わなきゃ!」となると、ホントお客さん主導のお店になってしまう。自分のお店のポリシーが無くなっちゃうんですよね。
しっかりと料理との味わいを見て、「この料理にはこのお酒なんです!」という提案ができるお店はポリシーを崩されることもなく、続けていけるお店になっています。だから坂戸屋さんもお客さん(飲食店)に対して、お酒を銘柄で売っていない。香りが高い/低い、熟成している/若いなどの指標で、G1からG4までお酒をグループ(G)分けして、あるグループのお酒ばかり買っている飲食店さんには「ちょっとバランス悪いですよね!?」と提案している。
――― そのような提案までしているのですね。
「(真逆の味わいの)対極のグループをいきなり入れなくても、まずはこの辺を揃えていきましょう」とか、次のステップで「このグループだけないから揃えましょう」とか。そこからどう「純米燗酒」に突入させていくかをきちんと考えているので、結果的に坂戸屋さんのお客さんは、幅広いラインナップのお酒を提供できています。やはり坂戸屋さんはすごいなと思います。
蔵としてはバランスの取れた商品構成が大事ですし、お酒自体も何かに突出することなくしっかりとバランスの取れた味わいを提供していければ一番だと考えています。