【蔵人インタビュー】川西屋酒造店 二宮 悠さん

「川西屋の酒造り」特集号に掲載した醸造責任者・二宮悠さんの「蔵人インタビュー」です。話を伺ったのは2021年12月。その時点で二宮さんは29歳でした。若きエースが考える酒造り&チーム作り、そして「川西屋の酒」とは?

二宮 悠(にのみや ゆう)さん

 

◇1992(平成4)年生まれ。神奈川県平塚市出身。平塚農業高校、東京農業大学短期大学部を卒業後、2013(平成25)年に川西屋酒造店入社。

◇入社当初より酛屋(もとや:酒母造り担当)として務めた後、醪屋(もろみや:醪造り担当)を経て、2019(令和1)酒造年度より醸造責任者。


いかに良い酒を「造ってもらう」か。

最後は微生物がやる

 

── 本日の仕込みでは「若水」を使用されていました。この酒米の特徴を教えてください。

 

若水は軟らかくて、溶ける米です。溶かしすぎると味が重たい酒になってしまうし、逆に溶けなすぎると渋み、エグみが出ます。真ん中を狙うのが難しい。

 

── 扱いにくい品種なのですね。川西屋さんの対処法は?

 

井戸水の水温(1年間を通じて約16℃)では早く水を吸いすぎて米が割れ、溶けやすくなるため、冷たい水を使います。

 

冷水だと、ゆっくりゆっくり吸うので多少割れにくくなるので。また醪の工程でも低温でゆっくり発酵させて、なるべく「醪日数」を伸ばします。

 

── 低温発酵で醪日数を伸ばすことで、何がどうなるのですか?

 

造る酒によって違いますが、特に若水は日数が長い方が味に「幅」が出ると思うんです。最後まで余韻が続いていくような。それは熟成した時にもろに出ます。きちんと造れなかった醪は、ただただ重たい酒になってしまう気がします。

 

── しかし低温で、と言っても様々な制約がありますよね。

 

あります。年々気温が高くなっていて、例えば11月に造ると蒸米も醪も冷えないんですよね。蒸米を冷やせないから〝モチモチ〟で温かいまま醪に入ります。すると、溶けやすいし、発酵が進みすぎてしまうんです。

 

── 先ほどおっしゃった「ゆっくり発酵させて醪日数を伸ばす」とは逆方向に向かっていく。

 

そうならないように、蒸米では吸水を詰めて水分量を減らし、〝カリカリ〟にして醪に入れる。温度は冷えてないけど、それほど溶けないよう工夫します。そういう対応力は付きましたね。

 

あとは諦めることを知りました(笑)。生き物相手なので、どうしようもないこともあります。昔は温度が下がらない時などに「なんでだろう?」とすごく考えましたが、今はもう「仕方ないよな、自然のことだから」と。

 

── コントロールできるところに集中するということですか。

 

そうですね。ただ、付きっきりも良くない。ちょっと上がりすぎたと思っても冷やさないでそのままにしたり。そこで冷やすと、せっかく元気になった微生物達が死んでしまうことがあるので。

 

── 激しい上下動をさせない?

 

そうそう、緩やかに戻す。

 

─ 思うように操作できたから大丈夫! というわけではないのですね。

 

結局、分析値や面(つら)などを見て「いい感じに発酵しているな」と思っていても、出来上がりの味はわからないじゃないですか。いかに良い酒を「造ってもらう」か。最後は微生物達に頑張ってもらうしかないんです(笑)。 

今期(R3BY)の仕込み1号タンクと向き合う。「1本目はやっぱり緊張します」と二宮さん。
今期(R3BY)の仕込み1号タンクと向き合う。「1本目はやっぱり緊張します」と二宮さん。

 

1人で酒を造るモチベーションはない。みんなで造ってる。

 

── 入社3年目(平成27BY)には、酒造りにおいて中心的な役割を担い始めたそうですね。

 

蔵での経験はそれまでの2年半のみ。そんな中で「難しい」若水とはどう向き合ったのですか。

 

27BYは米がすごく溶けやすい年だったんです。初めて僕が吸水を見た年なのですが、毎年の吸水データ通りにやっても溶けすぎて、(データと)全然違う醪になってしまった。できた酒も味が重たかったり、アルコールが出すぎていたり。その年はホントに大変でした(笑)。

 

── もし今の経験を持った状態で、その年に戻ったら?

 

余裕です(笑)。

 

── 余裕!?

 

そんなに溶けさせて重たくしたり、アルコールを出しすぎたりはしません。今だったら「追い水」と言って、途中で醪に水を打ってアルコール調整をする。わかった段階で早めに追い水すれば、酒を薄めずに加水できるんです。

 

── 様々な兆候に対して、いかに早期に気づけるかがポイントとなる。

 

話は変わりますが、二宮さんは酒造期に約半年間の泊まり込みとなるそうですね。年末年始は蔵に1人?

 

ええ、みんな帰りますから、お正月は寂しいですよ(笑)。人がいないと蔵の中が寒いんですよ。温度が2度くらい違って。すごく冷えて醪には良いなとも思いますけど。

 

── 酒造りのためには良いこともある。でも寂しいですね(笑)。

 

お蔵さんによっては、1人で造るところもあるんです。でも僕はできないなあ。1人で酒を造るモチベーションはない。やっぱり、みんなで造ってる。

 

「これは良かったけど、こっちはもうちょっとだったよね」とか話せないとつまらないです。夕食もみんなで一緒にいただくので、自分たちで造った酒を飲みながら談笑して。それがあるからできている、というのはありますね。

 

── そういった共同生活は当初から楽しめていたんですか?

 

いや、なかなか馴染めず(笑)。馴染めずというか、昔はみんな自分より30歳以上も年上で、もう〝お父さんやおじいちゃんと一緒に住んでいた〟という感じですから。

 

話も合わないですし、観るテレビも違います。そういうこともあり、あまり広敷に長居しませんでした。酒もあまり飲まなかったです。だんだん慣れてきて、長居するようになっていきましたね。 

前年同様、「隆」は全量を槽搾りで上槽する。素早く丁寧に酒袋を置いていく。
前年同様、「隆」は全量を槽搾りで上槽する。素早く丁寧に酒袋を置いていく。

 詰め場と蔵が連携し、会社全体で情報共有を

 

── 現場をどんなチームにしていきたいですか。

 

隠し事のないチームがいいですよね、やっぱり。失敗を共有しないと良い酒ができないと思うので。きちんと話し合えるチームにしたい。

 

── 何かあったら言ってもらえるように。

 

そうですね。

 

── そのために心掛けていることはありますか?

 

無駄話をしたりはしていますね。休憩中もけっこう和気あいあいとしているので、そういうところじゃないですか。毎日顔を合わせるから、ギスギスしているのが一番しんどい。

 

ただ、我々(泊まりこみの蔵人)だけだと話す内容が無くなってくるんですよね。ずっと蔵にいるので外の情報が入ってこない。

 

そこに米山さんや工藤さん、あとは詰め場の方たちも入ってきてくださるので、その時に色々な情報が得られます。だから詰め場は詰め場、蔵は蔵ではなく、会社全体で情報共有ができるようにしたいと思いますね。

 

詰め場の方はお客さんから、「この酒が良かったよ」といった話を聞きますから。

 

── 工藤さんといえば、先日少しお話を伺いまして。いつも二宮さんが「できるよ!」と言って、引っ張ってくれるとのことでした。

 

工藤さん、すぐ「無理だー」って言うんですよ(笑)。でも、できるからこそ頼んでいるので、「工藤さん、できるよ。やって!」と言います。

 

── 他のみなさんとの接し方はいかがですか?

 

麹屋の菊池(茂明)さんはもう自分でやってくださるので。こちらからは本当に必要な時しかお願いしません。晶哉さん(茂明さんのお兄様)はまだ初めての年なので、「色々聞いてください」と言っています。

 

ただ結局、聞いてもらうには自分から話さないといけない。コミュニケーションを取らないと。伝え方は人によって変えますね。

 

「和醸良酒」と言いますし、酒造りは人間関係です。チームが良ければ、酒も美味しくなる。だから感情の起伏をあまり出しません。

 

── つい感情的に言ってしまいそうにならないですか?

 

ホントに忙しい時とかはポロっと、「忙しいんだけど」と言ってしまう時もあります。でも、「ああ、ちょっとミスったな」と思って後でフォローしたり。僕もできた人間ではないので・・・。

 

── いやいや。昔からそういったことをやり慣れていた?

 

人付き合いは苦手ではなかったのですが、リーダーシップを取るタイプではないです。2番手がいいというか(笑)。黙々と仕事をする方が得意。やっぱり人にものを頼むのは神経使いますね。頼み方もそうですし。

 

── 例えば今後、新しいスタッフが入ってこられることもありますよね。その時はビシッと!

 

あまりキツく言えないんですよ、俺(笑)。そこがダメだなと思うんですけど。ホント、毎日顔を合わせるので、怒っちゃいけない。でも言わなきゃいけない。

 

そこは課題というか・・・メンタリズムを鍛えないといけないですね(笑)。

緊張感のある酒造りの現場においても、川西屋ではたくさんの笑顔が見られた。
緊張感のある酒造りの現場においても、川西屋ではたくさんの笑顔が見られた。

 「お燗で美味しい」が大前提 ぶれてはいけない〝川西屋らしさ〟

 

── 今後、やっていきたいことは?

 

良い酒を造らなければいけない。それは「造りたい」じゃなく、「造らなければいけない」。向上心を忘れず、基盤をどんどん厚くしていきたいですね。新商品を作るとか、そういうことではなく。

 

1年目は売れるんですよ、目新しいので。でも2年目、3年目はどうなの? と。社長には4年、5年と続いて、しっかりとものになる商品を作れと言われています。

 

── 商品開発についても二宮さんが考えるのですか?

 

はい。「こういう酒を造ってほしい」と言われたら、情報を集めた上で「うちはどう造れば良いか」を考えます。まずは基本的なやり方で造り、そこに加減していく。生酛もそうだし、低アルでもそうでした。

 

── そういった「生酛」、「低アル」などのキーワードが投げられて、そこから開発が始まるのですね。

 

生酛は今年で(令和1BYに続き)2度目。若水と山田錦を使いましたが、まだまだ改良の余地があります。1BYでは若水と雄町を使いました。

 

── 雄町の酒は「第12回雄町サミット」で優等賞を受賞されましたね。

 

はい。若水もすごく評判が良くて。まあこれは先ほど話した「新商品」だったこともありますが。それで今年は若水と、あとは山田錦でも造ることになりました。

 

例えば美山錦や五百万石で生酛の酒を造っても川西屋らしくない。一番、川西屋が使っている若水や山田錦はマストで造るべきじゃないか。そう考えました。

 

── 「川西屋らしさ」について、二宮さんはどう捉えていますか?

 

冷やで美味しい酒として「隆」がありますが、うちはお燗で美味しい酒を造ることが大前提。「丹沢山(&丹澤山)」ですね。これからも「お燗と言えば丹沢山」と言われるように、そこはぶれてはいけないと思います。

 

── 改めて今後について。

 

造りのメンバーとしては、本当に良い酒を造っていくこと。そこでしか成果は出せないし、頑張ったとは言えない。造った酒が美味しくなかったら、頑張ってないですからね。

 

僕は川西屋の酒が好きですし、一番美味しいと思っています・・・まあでも、他にも美味しい酒あるんですよね(笑)。だからそういう酒よりさらに美味しくするにはどうすれば良いのか? を考えるのもまた楽しい。

 

入社して9年経ちましたが、「自分が好きと思える酒」を造るのはやっぱり楽しいですし、幸せですね。