【蔵人インタビュー】泉橋酒造 高橋 靖拡さん(後編)

球状精米と扁平精米

 

――― 米が落ちて当たる所が、精米機の中に隠れている「金剛砂ロール」ですね(新中野工業様HP参照)

 

円盤が縦に3つ並んでいて、これがクルクル回るのだと想像はできますが、米はどのように当たるんですか?

 

白米の形状をどんな仕上がりにするかで精米方法は違ってきます。精米方法が違えば、砥石(= 金剛砂ロール)にお米がどう当たるかも変わってくる。

 

一般的には上から落ちてきたお米が回転する砥石に接触することで、薄皮を剥ぐように精米されていくわけですね。



ちなみに「砥石」 と言うのは、いわゆる包丁を研ぐ砥石のことです。もうちょっと目は粗いんですが、それを一旦粉々にしてから糊で固めたようなイメージのものです。

 

――― 仕上がりの形状によって精米方法が違うというのは?

 

例えば白米の形状を真ん丸にしたい場合は、精米タンクから落ちるお米の量を意図的に少なくします。量が少なくてスカスカですから、ひと粒ひと粒が砥石に当たっては乱回転するんですね。そうすると長軸方向に長い玄米が、その長軸部分から優先的に削られて球状になっていく。この場合、砥石との衝撃で削る精米法です。

 

――― いわゆる「球状精米」ですね。「扁平精米」という言葉も聞いたことがありますが、これは?

 

「お米のどの面からも同じ厚さで削ることで、効率的に不要成分を取り除く」精米法です。1998年の斎藤富男先生という方の論文で、理論が実践より先に提唱されました。その情報を知った各自家精米蔵が実用化に取り組み、広まっていったと思われます。

 

(※ 米の『面』については、米を立てて正面から見た場合に、上下の長さを「長軸」、左右の長さを「幅」、奥行きの長さを「厚み」としてお話しいただきました。)

 

この扁平精米では、精米タンクから落ちるお米の流入量を増やします。すると精米室内はお米がギュウギュウに混雑している状態。一部のお米は砥石と接触しますが、接触しないまま通り抜けていくお米が多くなる。お米どうしの磨耗で厚みの部分が削られ、乱回転ができないため長軸方向はあまり削られません。こうして精米室を通過してはまたエレベーターでタンクに戻る工程が繰り返されます。

 

――― 球状や扁平以外の精米法はあるのですか? 

 

様々な形がありますが、球状と扁平が基本的な方法です。球状精米にすると長軸方向が過剰に削られてしまう一方、厚みの部分があまり削られない。ここに不要な栄養素が残りやすいんですね。それが球状の欠点と言われていた。

 

それを解決するための方法が先ほどの理論。この扁平精米でやる場合、あとは「どのくらい扁平にするか」の調整になってくる。厚みをある程度残すならラグビーボールのようになるし、厚みを徹底して削るなら「超扁平精米」で小判のように薄くなるかと思います。

 

各蔵で考え方が異なるので仕上がりに違いはありますが、球状よりは扁平という流れになっていると思います。

 


 

――― 当初の理論では「どの面からも同じ厚さで削る」ことを推奨していましたが、今ではさらに進化して「厚み部分を削る度合い」までも調整しているのですね。泉橋酒造ではどのような使い分けをしているのでしょう。

 

泉橋では真ん丸の球状精米はやっていなくて、扁平の度合いを調整しています。旨みを残した“ラグビーボール”と、より扁平にしたお米を使い分けていますね。

 

――― 酒米品種によって目指す形状に違いはあるのですか?

 

仕上がりの形状としては共通しています。中心がデンプン質、周りにタンパク質、脂質、ビタミン等があるというのは品種に限らず共通ですからね。

夏、雄町の田んぼで草刈り。暑く、なが~い夏だった!
夏、雄町の田んぼで草刈り。暑く、なが~い夏だった!



泉橋に来て、視点が変わりました

 

――― 泉橋酒造で使用されている新中野工業社の「NF-26FA」は全自動コンピュータ制御型の精米機ですが、手動とはどう違うのですか。

 

この全自動の精米機には「精米プログラム」というものがあって、各工程で「このような精米条件で行いなさい」と、まず初めに人間が入力します。機械はそのプログラムに従い、入力された精米条件で進めていくことになります。

 

前職でもNF-26FAを扱いましたが、それ以外に全自動化されていない「全手動」精米機も扱いました。数値を見ながらツマミを回してRPM(1分間の砥石ロール回転数)を変えたり、分銅を手で動かして出口の重さを調整したり。このようなことをしながら、その都度、砕米が多いか少ないかを観察します。

「稲刈り会」のスタート前。お客様と話をする高橋さん。
「稲刈り会」のスタート前。お客様と話をする高橋さん。


 

また、お米が流れ出る場所に手を当てて、「今、流入量がどれくらいか」を手の感触でみていました。初めは全然わかりませんでしたが、千回、一万回とやればいつの間にかわかるようになるんです。その感覚をもとに「開度」を調整して流入量を変えてあげる。

 

流入量を調節するための開度調整用ハンドルが2つあって、一方を手で固めて動かさず、もう一方を「くいっくいっ」と動かす。数値で1とか2上げるとかではなく、微妙なニュアンスで上げる。それでもう一回手を入れたり、皿に取って砕米率をチェックすると、やっぱり違ってくる。そういう感覚を持って、精米作業にあたっていました。

 

――― 現在は全自動型のNF-26FAのみを使用されていますが、それでも人が精米作業に関わる意義はどこにあるのでしょうか?

 

例えば、今は流入量を全て数値で入力しています。その数値はどうやって決めたのかと言うと、最初に適当に設定して精米させてみる。そして手を突っ込むと、流入量の感覚が手から得られます。「違うな」と思ったら、入力する数値をもう「1上げてみよう」などとやってみる。で、もう一回手に当たる感覚を確認するわけです。そうしたことを繰り返して各工程の精米条件を決定している。

 

これは多分、全自動型を使っている自家精米蔵の全てに言えると思うんです。「全手動」を使って感覚で鍛えた人じゃないと精米プログラムの入力ができないんじゃないか、と。

 

――― 精米プログラムの入力自体に、人間の感覚が必要になる。

 

その感覚を持っていると、各工程で「ここの数値はこれくらいにしよう」というアタリがつく。そうでない場合は恐らくメーカー推奨のモデルプログラムをそのまま使って、ということになるかと思います。


出口の周囲に白い米粉が覆いかぶさっているのは、「意図的に残している」から。これが流れる米のダメージを吸収してくれる緩衝材になっているのだ。
出口の周囲に白い米粉が覆いかぶさっているのは、「意図的に残している」から。これが流れる米のダメージを吸収してくれる緩衝材になっているのだ。

――― そうして培ってきた感覚に基づいてプログラムを入力し、精米機を回しているわけですね。それでも毎回、各工程ごとに調整が必要ですか?

 

全自動なのである程度は信頼していますけど各工程ごとに丁寧に調整してやればいろいろな気づきも多くなるでしょうね。白米が上がってみて「あらダメだった」となってはいけませんから。

 

――― そこはやはり「精米屋」として長く務めてきたが故に、精米に対してはより高いレベルをご自身で求めてしまうのでしょうか。

 

造りに入ってからの最上流工程として後の造り手たちが腕を振るえるよう高品質を心がけます。ただ泉橋に来てからは精米に加え蔵人もやるようになったため、視点が変わりました。精米の上がりだけでは完結しないということですね。

 

前職では精米が良く出来たかどうかを把握するだけでしたが、「原料処理」としては洗米・吸水、そして蒸米を得るまでがひとくくり。精米後に「洗米・吸水したらどうか? 蒸し上がりはどうか?」まで見るようになった。



 ――― 後工程まで見るようになったことは、靖拡さん自身にどのような変化をもたらしたのですか?

 

白米あがりだけで「良い、悪い」という判断をしなくなったことですね。蔵(造りの工程)に行ってみないとわからない。白米上がりが「どうかな?」と思っていたものが、お酒としてはけっこう出来が良かったり、「これはうまくいった!」という白米が最高のお酒になるわけでもない。

 

これは発酵、醸造に関わる様々なファクターが絡んでいるからなのでしょう。「一麹、二酛、三造り」でも下流工程に行くほど、「米はこうだった、蒸しはああだった、麹はこうなった」と上流工程から影響を受けるファクターがどんどん増えていく。それは強く感じていますね。

 

――― 冒頭のお話にあるように「上流工程がうまくいくほど、下流工程は手をかけなくても健全に進行していく」。とはいえ、同時に酒質に影響を与えるファクターも増えていくため、白米上がりだけで全ての結果を判断することはできないのですね。

 

例えば酛造りの際、上流の「ファクター」にはどのようなものがあるのでしょう。

 

例えば麹米造りでは、麹にお米を糖化する力がどれほどあるかが重要です。この糖化力は麹米の出来によって違いますし、出来以外に麹屋の意図的な造り分けもあるんです。それで酒母(酛)に投入した時にどんどん糖度が上がってくれたり、少し抑え気味になったりと違いが出てきます。

 

――― 麹の糖化力というファクター。

 

蒸米については、水分を豊富に含んだ掛米を使えばどんどん溶けるし、逆に吸水の所で水分を詰めて仕上げれば、溶け方はそれなりになる。こうなってくると、「精米による白米上がりの段階を離れている」と言うと言い過ぎかもしれませんが、後の工程にかなり強く支配されています。

 

――― 蒸米の水分量というファクター。

 

造り手の意図が影響してくるから、白米上がり(が良い)→ 蒸米( が良い) → 麹( が良い) → 酒母( が良い)という風に、一律に考えにくいところはありますね。


神奈川県を「銘醸地」に押し上げたい

 

――― ずっと精米一本でやってこられて、泉橋酒造に来て本格的な酒米栽培から精米、そして酒造りと携わるようになった。今、「全てが繋がっている」ことの良さを感じられていますか?

 

そうですね。先ほど言いましたように集約化・均一化されていないお米を使えることは大きいです。一般に「○○産△△米」など、ある土地の酒米であることがブランドになっていたりします。

 

しかし「この土地のお米は良いものだ」という社会通念のようなものを信頼して取り寄せている場合、ただそれだけのことで本当に良い品質が担保できているの? という疑念が残りますよね。モヤモヤとしたその感覚は、今はもうありません。

 

――― 現在はそう確信していらっしゃる。高橋靖拡さんにとって、海老名の地で米と酒をつくることとは?

 

生まれが横浜なので、地元・神奈川で地元の米を使って「地酒」が造れる喜びを感じています。現状、伝統的な銘醸地のお酒が選ばれるケースもあると思います。しかし泉橋酒造での取り組みを続けて、神奈川県を「銘醸地」に押し上げたいという気持ちがありますね。

――― おお!

 

酒のご当地として、「ああやっぱり神奈川だよね」と言われれば嬉しいです。

 

――― 今後の抱負をお聞かせください。

 

抱負ですか、ちょっと待ってくださいね・・・酛屋なのですが、全くその話をしていませんね。

 

――― すみません(笑)。

 

いやいや。泉橋酒造は半分が生酛造りなので、そこも含め今後は酛屋として、もっと成長していきたいですね。

 

――― ありがとうございました。

懇切丁寧なご説明をありがとうございました!
懇切丁寧なご説明をありがとうございました!