クラフトビールとフルーツは相性がいい。神奈川県厚木市の『サンクトガーレン』が造るビールを味わうと、ふわっと感じていたことが「これぜったい合う」という確信に変わる。今回の特集は、日本を代表するクラフトビール醸造所がその香りに惚れ込んだ、地元・神奈川のフルーツ『湘南ゴールド』ビールの話。
『湘南ゴールド』ビールの誕生
――― 『サンクトガーレン』と『湘南ゴールド』の出会いについて教えてください。
2007年のバレンタインに横浜高島屋のお酒売り場で販売させていただきまして。そのとき初めて、普段ビールを飲まない方と接しました。その方から商品について質問され、「チョコレートのようなアロマですよ」と答えたら、とても興味を持ってくれた。
それまではホップや麦芽の香り、コクのことなど説明していたけど「全然伝わってないな」という気がしていたんです。チョコレートとか、そういう言い方が 響くのかな? と気づきました。あのときは一日30分で完売するような日が10日間続いて、本当にすごいお客様で。
それなら何かスイーツと合わせるビールができないか? と考えて『スイートバニラスタウト』や『黒糖スイートスタウト』を造っていくわけです。さらに「フルーツのビールはできないか?」となって。うちの広報(=中川美希さん)の案でした。
どんなフルーツがいいかと話してたところ、偶然見た新聞に湘南ゴールドを神奈川県が開発したと出ていた。「こんなのがいいんじゃないか」って言いながら高島屋さんからの帰りに横浜水信という果物屋の前を通ったら、すごく香りの華やかな柑橘があった。
――― もしかして・・・
湘南ゴールドでした。それで「これを使おう」となるんですが、初年度(2007 年)はまあ誰も知らないんですね! 神奈川県庁に問い合わせをしても全然知らない。そんな状態でした。
それで農家の方に電話をしたんです。その方がすごくいい方で。その農家さんにご紹介いただいた根府川の農業試験場を訪ねて「ぜひ使いたいんです! 今、手に入りませんか?」と言ったら、「ないでしょう」と。
「でも根府川の試験場では持っているから分けてあげますよ」と言ってくれた。それで最初の年は試験醸造をするわけです。そこが始まりですね。
1962年生まれ。日本で小規模醸造が認められる前からアメリカでビール造りを手掛ける。いよいよ国内でも小規模醸造が解禁されると、厚木市にビール醸造所を設立。「地ビール」ブームも追い風となり順調なスタートを切る。その後、ブームの終焉などもあり、2001年に岩本氏のビール造りは一旦、中断する。
しかし2002年、再びビールを造るため現サンクトガーレン社を設立し、2003年春に醸造を再開。2006年に『インペリアルチョコレートスタウト』を、翌2007年には『スイートバニラスタウト』『黒糖スイートスタウト』、そして2008年『湘南ゴールド』を発売する。その後も次々と日本のクラフトビール界に衝撃を与え、新風を吹き込むビールを生み出し続けている。
たくさん量を飲めるビールって、いい。
――― どのような方に飲んでほしいと思って造られたのですか?
ビールが好きでない人にも飲んでほしいと思います。もちろんその中には女性も入っているし、若い方が飲んでくれればいいなと。「もっと格好良く」飲める、そこを目指しました。
――― 『湘南ゴールド』からクラフトビールの世界に入ったけど、今は他社さんのビールが好きという方がけっこういらっしゃるとか。
います、いますよ! やってらんないでしょ(笑)。
――― そういう意味ではクラフトビール界をけん引する立場にいらっしゃる。
どうなんですかね。ビールに対する入り口になってくれればという思いもありました。あとはどういうシーンで飲んでもらうかを考えた。居酒屋で飲むイメージではなく、カフェでスイーツと合わせて飲んだらどうだろうとか。
スイーツにカクテルやワインなどを合わせて提供する “スイーツバー” があるんです。その店のパティシエさんが、マンゴーのミルクレープを作って湘南ゴールドに合わせてくれた。「こういうのもあるんだな!」と。その店でビールとして初めて採用されたのがコレだったそうです。
――― 初めてこのビールを飲んだ時、果実の湘南ゴールドを食べたときと同じ感覚になりました。ファンの方に聞いても「フルーティな香りと飲みやすいところが好き」とおっしゃいますね。
本当にこのフルーツはとてもいい香りなので、それがそのまま出るようなビールが造りたかった。ビールが得意でない方も好きだし、ビールマニアも好きでいてくれる。ビアバーの方が「蛇口をひねって出てきてほしいビールはコレだ。いつでも飲みたい!」と言ってくださいました(笑)。
万能にいつでも飲める感じじゃないですかね。たくさん量を飲めるビールって、いい。そう僕は思っているんですよ。
湘南ゴールド × ビール= 「永く、遠くへ」
――― このビールを通じてフルーツの湘南ゴールドを知った方もいるのではないかと思います。
多いと思いますよ! 採れるのが3月、4月でそれが終わったらもう無いじゃないですか。でも僕らがビールにすることによって年中、そして遠くまで提供される。北海道までも沖縄までも行くわけで、そういうのはいいですよね。
――― この厚木の地から時空を超えてフルーツ・湘南ゴールドが供給されているわけですね。しかし、県の開発を経て出荷がスタートしてからまだ十数年。仕入れのための出荷量は十分にあるのでしょうか?
表作、裏作(=果樹栽培において、よく成る「表」年と成らない「裏」年が隔年でくる現象)が今でもあるといいますけど、もうだいぶ解消したんじゃないですか。農家さんもだいぶ増えたようだしね。もうこのくらいの年数が経つと、裏年でもかなり量が採れるんじゃないかという話も聞いています。
――― ハウス栽培もあるようですが。
多いですね。でもハウスのものは高くて使えないんですよ。(加工用に出荷する)悪いものが出てこないんじゃなかったかな。ほとんど商品として出荷できるものになる。ハウスのものも使ったことがあるんですよ。一昨年かな、足りなくて。価格が3倍くらいするんじゃないですか? だけど僕らのビールはなかなか値上げもできないんです。
――― サンクトガーレンのビールは比較的手に取りやすいお値段ですよね。中でも湘南ゴールドはぜひ通年で飲みたくなる出来栄えのビールです。
そうですね、ホントはもっともっと安くしたいんです。それは僕らの努力であったりするんですけど、なかなか難しいところです。湘南ゴールドはすごいですよ。うちの売り上げのシェアもかなり大きいです。販売が半年でありながらこんなにか! って感じです。
(通年で飲める飲食店は下記サンクトガーレン公式ホームページ参照)。
「何を期待して飲むのか!?」に答えがあった
――― 湘南ゴールドビールの醸造はいつから始めるのですか?
3月に入ってすぐに果実を仕入れて、3月中旬に仕込みをスタート。4月14日に発売します。
――― 「オレンジデー」ですね(下記サンクトガーレン公式ホームページよりビールラインナップ-湘南ゴールドの項を参照)。果実を丸ごと使用するそうですが、どのように加工するのですか?
スライスするんですよ。断面を大きく取って漬けたいので。それを発酵のタイミング、酵母を投入する時にいっしょに入れます。すると酵母はビール麦芽の糖分と、湘南ゴールドの糖分を両方、ほとんど全部食ってしまいますね。どれくらい残るか、残すかは糖化工程の温度などでも違ってきます。
――― 使用するホップを2010年まではカスケード、2011年以降からはシトラに変更されています。これはどういった意図で?
シトラはすごく柑橘の香りが強いアメリカンホップです。カスケードも柑橘系なんですけど、それよりも「もっと柑橘」ですね。これを使ったらよくなるかなと思って合わせてみました。
――― それ以来ずっとシトラなのですね。麦芽にはウィートも使っていますが、これはどのような狙いが?
やわらかさを出そうと思って。あとはタンパクが多いので泡立ちがよくなるかなと。
――― そのあたりを含めた“柑橘感”のバランスが絶妙で、強すぎず弱すぎずという部分が人気の秘訣かと思います。何が決め手となって今のバランスになっているんですか?
最初に造った時はもっと苦くて、甘みが少なかった。でも彼女(中川さん)に言わせれば「これを飲む人は何を期待して飲むのか!?」と。
――― 大多数の人が期待するような味ではなかった?
ええ。みんなが望んでいる味に近づけなきゃいけないので色々と変えていきました。4、5年前ですね、固まったのは。それまではちょっとずつ改良していました。
Jリーグ初!『ベルマーレビール』に抜擢
――― 2009月6月からは、湘南ベルマーレの公式ビール『ベルマーレビール』に湘南ゴールドが使用されています。
ベルマーレさんはうちの「タンク1本からオリジナルビールを造ります」というのを見て、「ベルマーレのビールを造ってください!」と言ってきてくださった。
――― チームから?
はい。それで何のビールにするかという話になり、「やはり地元でできた新しい果物がいい。湘南ゴールドにしたい」と。これはベルマーレの会長さんの意向だったようです。
――― 『公式ビール』はJリーグのクラブで初めての試みだったとか。Shonan BMWスタジアム平塚で開催されるホームゲームでは樽生でも提供されています。今やベルマーレサポーターにとって欠かせない存在になっているのでしょうね。
サンクトガーレンが「営業しない」理由
――― 最後に、酒販店や飲食店にもファンを持つサンクトガーレンの営業活動について教えてください。
ほとんどしないんです。やはり扱ってみたいと言ってくれる人じゃないと、なかなか売れないですよ。僕らも“地ビール”の最初の頃には営業していました。「じゃあ、まあ置いてやろうか」と言ってくれるけど、だいたいそこで終わりなんですよ。その一回で。
それよりも自分が好きだから売りたいと言ってくれる人の方が売り続けてくれるし、売れる。そういう人じゃないと無理かなというのは今でも思っている。もちろん僕らにできるお手伝いは全部しています。例えば「今、チョコレートビールが買えるお店!」とネットにあげたり。それを見て買いに行ってくれるお客さんも結構いらっしゃいますよ。
――― ありがとうございました。今後も益々、日本のビール文化を面白くしていただきたいと思います!